一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

祭りの意味

2014年9月14日
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私は横須賀市浦賀のほぼ中央、「荒巻町内会」に属している。
荒巻は、3人も現職の議員がいる稀有な町内会・・・たぶん。
しかも自民党の議員が2人。共産党の議員がこの私なのである。
それはさておき、浦賀は祭りでこの2日間、大変な騒ぎだった。
祭りとはなんだろうか・・・。
もう、10年くらいは考えているのだけれど、これだっ!という答えがはっきり出ない。
市政と絡めて考えると、コミュニティを再確認、再構築する装置かなと思う。
市長が、「施設配置適正化計画」なるものを出してきた。
昔、総務大臣だった増田何某という人物が「日本の多くの自治体が消滅する」と言って煽って、自治体の現在抱える施設を削減する計画をするべきだと言い始めた。
確かに人口は減少していくだろうし、建物は老朽化する。そういう状況に早めに手を打つことは大切だ。
しかし、横須賀市の「施設配置適正化計画」はいたるところに、ほころびが見えるし、第一、地域住民の気持ちを重視していない。いかにも時間とお金の物差しで数字をはじいて出しただけの計画に見える。
「地域運営協議会」をつくって、「自治」を推進するという考えを示していたはずなのに、どうしたことだろうか。
よく小学校単位で地域が形作られると良いという。
さらには、祭りの単位、町内会の単位だとさらに目配りができる。
私は昨今の防災や福祉などに対して、お金を削り安上がりにするために
「公助」から「自助」「共助」の考え方に移行してきていることは基本的には反対だ。
しかし、コミュニティの力というのが本来最強なんじゃないかと思う。
個人情報保護やプライバシーというので、あの家、この家がどんな家か知らない、やたらに聞くこともできないそういうご時世ではあるけれども、何かあった際に、近くに住む者同士が助け合うということが出来れば、一番いい。
それを培うのが、祭りじゃないかなと思う。

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非日常的で、パッションのぶつかり合い、タガが外れる心地よさもさることながら、昔から連綿と続く祭りには共同体の結束を確かめ合う意味があるんじゃないかな。

少々、理屈っぽかったかな。