一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

ご存知ですか?横須賀にはビルが商店街になっている稀有な「三笠ビル商店街」があります。

2015年3月20日
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「三笠ビル」なのか「三笠通り商店街」なのか、ビルなのか、アーケードなのか、とにかく不思議な空間だなぁと、ずっと思っていた。帽子箱を逆さにしたようなまあるい筒状の建物が両側にある全長175mの鉄筋コンクリート3階建ての「共同商店街ビル」。1957年4月18日に鍬入れ式を行い、7か月後の11月8日落成式が行われている。そう、なんと、「三笠ビル」は横須賀市制50周年の協賛事業として当時の市長から、公文書で商店街会長へ依頼されたものだったのだ。総工費は2億7千万円、その後12年のちの1969年にはリニューアルオープンしている。

当時としてはそうとうに斬新で、通商産業大臣賞、建設大臣賞を受けている。落成祝賀会には県知事、市長はもちろん、米海軍司令官、関係官庁含め400人余が参加している。商店街としては日本一を誇るモデルケースとも言われ、見学者は5000人を超えたという。

三笠ビル商店街 (11)

道路をはさんで反対側には、超高層ビル「ザ・タワー横須賀中央」が建設中。京浜急行横須賀中央駅から、ベース方面、国道16号へ向かう商店街、まちづくりは今後どうなるのか。「豚と軍艦」に見る雑多で混沌としたまちー横須賀、それがどうしても拭えない。海軍がいて、駐留軍となり、自衛隊もいてと、都市としてはかなり早熟だったのではないか。そういう中で歪な繁栄を経験して、本当に地に足がついた安定したまちづくりとはならなかった。それが、老朽化して建物自体の改修や更新の時期にもなっている。

人口減少、転出超過、少子高齢 課題はたくさんある。

それでも、最近は横須賀のまちは、歴史は文化は、本当はかなり味わい深いものだということが分かり出した。基地があって、米海軍がいて、原子力空母がいて、あーやだやだ、そういうのが、まずくるわけだけど、そういうのはもちろん忘れちゃいけないんだけれども、横須賀ってそれだけじゃないんだよなと思う。

「三笠ビル」ひとつとっても、これを仕上げるまでに、そうとうにドラマがあったんだから。経験談など、残っているものを読むと、あぁ、これって朝の連続テレビ小説に十分なり得ると思っちゃう。こういうのも、時間をかけて研究してみたいと思ってるんだ。3期目はそういう奥行きを体得したいと思ってるんだ。