一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

生活保護 扶養義務者からの扶養は優先であっても要件ではない!今日は福祉事務所で久しぶりに声を荒げちゃったな。

2015年2月9日
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生活保護受給希望のご相談の方と一緒に横須賀市の生活福祉課(福祉事務所)へ行った。私は福祉事務所へ行く際には、時間がよっぽどない場合は仕方ないけれど、ほとんどの場合、事前に聞き取りを行う。今回のケースも聞き取りを行いそれをレジュメにして作成した。もちろんレジュメの作成はご本人に了解を得る。相談窓口では、そのレジュメを職員、相談者へも配布し自分も見ながら、ざっと概括を伝えることにしている。これを行うと一気に参加者の共通認識となり、大幅に時間短縮がはかられる・・・・・そのことに数年まえから気づいた。最初はもう延々と質問ー答えの繰り返しで、うんざりするほど時間が必要だった。もっとも、面接窓口にべったり座り込んで、一緒に付き合う市会議員はそんなに多くはないと思う。私は今後もこのスタイルを変える気はない。

さて、今日は、久しぶりにちょっと声を荒げちゃったなぁ。一緒に行ったご夫婦は81歳の夫と78歳の妻だったのだけれど、この夫妻の兄弟に扶養義務者ということで、書面を書いてくださいと職員が言ったからだ。どう考えても、この2人の兄弟と言えば、年金暮らしの年代である。しかも妻は昨年の11月までパートで仕事をしてきたのだ。カツガツでやりくりしてきて、年金とあわせてやってきたのだ。大金持ちの兄弟がいれば、とっくの昔にお金を借りているのではないか。それを兄弟すべてに書面を書いてもらうために送ってくださいという。私はこの杓子定規な対応に唖然とした。

2013年に生活保護法が「改正」されて扶養義務者からの扶養についてが厳密となった。以下に2014年4月18日付けで厚生労働省社会・援護局長からだされた扶養義務の部分の通知を引用する。都合の良いところだけ切り取ったと言われるのは、不本意なので少々長いけれど掲載する。

 

・・・・・・また、生活保護制度では、扶養義務者からの扶養は、受給するための要
件とはされていない。これは、扶養義務者が扶養しないことを理由に、生活
保護の支給を行わないとした場合には、本人以外の事情によって、本人の生
活が立ちゆかなくなることも十分に考えられることによるものである。一方
で、本人と扶養義務者の関係において考慮が必要な特段の事情がない場合で
あって、扶養が明らかに可能と思われるにもかかわらず、扶養を拒否してい
るといった場合には、国民の生活保護制度に対する信頼を損なうことになり
かねず、適当ではないこと。
新法に新設する扶養義務者から報告を求めることができる規定(新法第
28 条第2項)や、扶養義務者から費用を徴収することができる規定(法第
77 条)の適用があり得る扶養義務者に対しては、事前に親族が保護を受け
ることを把握できるようにすることが適当であることから、保護開始の決定
の際にその事実を扶養義務者へ通知する規定を設けることとしたこと(新法
第24 条第8項関係)。ただし、当該通知を行うのは、明らかに扶養義務を履
行することが可能と認められる扶養義務者が、民法に定める扶養を履行して
いない場合に限ることとしたこと。(改正規則による改正後の生活保護法施

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行規則(昭和25 年厚生省令第21 号。以下「規則」という。)(以下「新規則」
という。)第2条第1項)
また、当該規定は、法制的な観点から規定することとしたものであり、扶
養義務者による扶養は保護の要件ではなく、保護に優先するという考え方を
変えるものではないこと。

 

最初と最後に出てくるとおり“扶養義務者による扶養は保護の要件ではなく、保護に優先する”ということである。つまり支援できる親族がいれば、その方に支援をお願いする、これが優先であるけれど、あくまでも生活保護を申請する要件ではないということだ。もし、親族が支援するともしないとも態度表明すらしなくても、あるいは、支援しないと言ったとしても、だからと言って、生活保護の申請を受け付けないということではないという意味なのだ。

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私は扶養義務者への支援の依頼をここまで徹底する背景には、「容易に生活保護を受給させないぞ」という魂胆を見て取る。自治体の福祉事務所の職員はむしろこの国の姿勢、政権与党と厚生労働省の意図を忠実に現場で遂行しているに過ぎない。しかし、あえて言わせてもらいたいのは、もう少し自治体の裁量権を発揮してほしいということだ。常識的に考えてほしい。年金暮らしをしている高齢の兄弟たちが支援できるだろうか。このような人々にまで支援を依頼することは客観的にみて「水際作戦」ではないか。市の職員の職務に忠実な姿勢が実は相談に来た市民には杓子定規で冷徹と受け取られるのではないか。私はいつもそんな両者の乖離をまざまざと目の当たりにするのだ。

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自民党は長きにわたって政権党であった歴史の中で、年金すら納められないような低所得階層を作り出してきた。現在においては非正規雇用の人々、年金すらまともに納められない人々をどうするのだろうか。「自己責任論」を押し付けて、さらに憲法25条の生存権である生活保護からも締め出そうというのか。こういう失政が続く中で声を上げられない人々がいっぱいいる。末端の自治体職員は、お上の言うとおりに職務遂行。1人1人は一生懸命仕事をしているのは分かるが、どうにもやりきれない。

結局、兄弟の方々との関係性を少し吐露してもらい、扶養義務の支援の書面は持ち帰ることはなくなった。援護局長からの通知について私は以下のように解釈する。本人と扶養義務者との関係において考慮が必要な特段の事情がある場合は扶養義務者への通知をしないこともある。留意事項として保護の実施期間が当該求めを行うことにより要保護者の自立に重大な支障を及ぼすおそれがある場合はそのかぎりではない。福祉事務所は、おそらく上記に該当すると判断したのだと私は思う。これは妥当だと思う。これで、厚生労働省が文句を言うならば、それこそ異常だ。だったら、自治体に任せるな、自分たちが自治体に出張して業務を行ってみろと言いたい。国庫補助もどんどん減らしておいて、自治体に事務を押して付けているんだから、その姿勢から正すべきなのだ。

少々前後するが、私は日本の民法は所々、時代錯誤甚だしい部分があると思っている。こういう古臭い民法を下敷きにして扶養義務論を展開るのは、いかにも自民党らしいと思うけれど、こういう考えは、困ったら家族や親族で何とかしろという「自助・自立」論と同根だ。社会保障とは何かという根本問題は私もまだまだ勉強しなければならないと思っているけれど、自民党のお好きなやり方では早晩破綻すると思う。自分たちが地方をガタガタにしていおいて、今度は「地方創生」・・・この論法と瓜二つだ。

私はブログのトップに自分の携帯番号を記載している。暮らしの相談をお気軽にしてほしい。我慢しないでほしい。