日本共産党
横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ
一人ひとりが花開く“横須賀”へ
大村洋子
洋子の目

日本共産党は自衛隊を罪悪視しているかー②

2019年8月9日

① からのつづき 

前回、①を書いて後、大村議員は「まるで、自衛隊を応援しているように感じた。」というご意見をいただいた。タイトルを【日本共産党は自衛隊を罪悪視しているか】として、市役所の懸垂幕の画像を入れたことによるインパクトかと思うが、その方は本文を読んでいなかったとのことで、本文を読んでいただければ、誤解は解けるのではないかと思う。

「自衛隊罪悪視」というフレーズは上地市長の答弁を揶揄している。正確には「自衛隊罪悪(視)論」というフレーズなのだが、6月定例議会で、上地市長がねぎしかずこ議員との一問一答で発言したものだ。ねぎし議員は自衛隊募集事務に関して、横須賀市が名簿提出している件を取り上げ、さらにその背景を市長に問うた。その際に市長が「・・・・・そこから先へ、自衛隊罪悪論みたいないつもの論調になってこられると、そこに行ってはまるで意味がないのではないですか。」と言い、ねぎし議員が問うていることに正面から答弁しようとせず、「また、いつもの自衛隊罪悪論ですかぁ・・・」とレッテル張りをしてはぐらかしをはじめたのである。

余談になるけれど、先の6月定例議会でのねぎし議員より先に行われた小林伸行議員の一般質問の市長とのやりとりについてもぜひ、触れておきたい。市長は「・・・これは古くて新しい問題で、米軍罪悪論、“どこかの政党”が言われたように、それと同じ延長にある、最終的にはアジテートになってしまう。・・・」と言っている。小林議員は「日米地位協定の研究の必要性」という柱建ての中で、米海軍の警備艇が市民の行動に対して威嚇行為を行ったのではないかとして市長と質疑を交わした。ここで市長は「小林議員、あなたが言わんとすることはどこかの政党が言っている米軍罪悪論と一緒ではないの?」と言っているわけだ。「どこかの政党」・・・このような言いまわしを用いるとは品格としてどうなのだろう。答弁者の見識を疑う。市長は当然否定するだろうが、「どこかの政党」発言には「まさか、あなた、共産党と同じ考えだとは思わないけど、この議論、まだ続けます?」というようなニュアンスが垣間見える。ずいぶん、私たち日本共産党を蔑んでいらっしゃる。私の考え過ぎなら、それはそれでいいのだけれど。

とまれ、これらに共通することは、レッテル張りと逃げの姿勢である。レッテル張りについては許容したいと思う。これは一応分析し、判断したと受け取りたいと思う。それが正しいか否かは別問題として、こちらの投げかけに対して、一定の評価を持ったということだ。問題はそのあとなのだ。議論を深めようとする姿勢と議論への誠実さが決定的に欠けている。あなたは○○ですね。しかし、私は●●です。私が●●と思うのは△△だからです。議論と言うのはこういうことの繰り返しだ。しかし、市長の場合は「自衛隊罪悪論」と「米軍罪悪論」というレッテル張りしてのちは、議論をする価値もないかのように言い、それ以上ははぐらかして、煙に巻き逃げるのである。これはサロンやカフェでのフランクなおしゃべりなら許されるだろう。しかし、私たちが行ったいるのは永年、会議録に残り続ける横須賀市議会での質問と答弁、真剣勝負なのだ。先ほど、私はレッテル張りは許容するといったが、市長の場合は、逃げるためにレッテル張りをするのである。私たち日本共産党に「米軍罪悪論」「自衛隊罪悪論」とレッテル張りをすることで、まともな答弁をしない方便にしている感がある。しかし、そもそも、議会とはそんな同じ考えの人たちばかりが集っているところだろうか。むしろ、多種多様な考えの人々が市民の代弁者として集まっているところではないのか。「みんな違ってみんないい。」それこそが土台のはずだ。

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JR久里浜駅前

真夏の直射日光に重たげな花弁が印象的な大輪の芙蓉

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