一人ひとりが花開く“横須賀”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

生活相談活動

日本の生活保護の捕捉率が諸外国と比べ異常に低いのは、生活保護は恥であるという感情=スティグマの蔓延、同時に福祉事務所職員の心無い言動によるものが多い。スティグマは当事者の中にもあり、社会全体の中にもある。本当に忌々しき事態だ。職員の心無い言動は職場全体の力量の問題と個々人の無知からくるもの。このような四方八方からの圧力によって、どれほどの人々が傷つき息をひそめて暮らしていることか。

2019年4月23日
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今日、生活相談で伺った方から、「あんな思いをするくらいなら、生活保護を取りに2度と市役所へ行くもんか」と言われた。こんなセリフを聞くのは初めてではない。聴くたびにがっかりする。福祉事務所の職員と当事者の間には、途方もなく深い溝が出来てしまった。

3月の予算議会代表質問の中で、スティグマについて市長に質問したが、案の定上澄み答弁に終始した。というより、そこで深めて時間をとってやり取りしても恐らく市長が理解するのは無理だろうと思ったから。この点についてはいずれ質疑をしっかりしたいと思う。「差別を憎む」とおっしゃるからには、生活保護のスティグマについてしっかり理解していただきたい。

市長は「横須賀市民にスティグマをもつ市民はいない」かのような答弁をしていたが、そんなことはない。横須賀市民だろうが、日本国民だろうが、福祉事務所の窓口を訪れる人々は多かれ少なかれ、後ろめたさや申し訳なさやためらいや恥じらいを纏っている。それらに打ち勝ち勇気を振り絞って相談に行くのである。私が支援した人には前の晩に眠れなかったと言った人が何人もいる。窓口で涙を流す人だっている。それほどに生活保護をとることは一大事なのだ。

当事者は中卒の方や知的障害の方もいて、人前で紙に字を書くのがものすごく苦手の方もいる。親族との折り合いが悪く疎遠になっていたり、音信不通の人も珍しくない。自分の半生を他人に披瀝しなければいけないし、その中には聞かれたくないこと触れられたくないこともある。それらを乗り越えて申請へと決断するのだ。

身体が不自由だったり、メンタルが不安定でも書類の準備をして何度か足を運ぶ。大変な労力と覚悟と忍耐だ。

私はそういう方々へ出来るだけ見通しを告げて、心の準備をしてもらい、励まし支援する。

花々2019年4月 (7)

生活保護は憲法第25条の生存権を根拠に行われていることであり、国民にとっては権利であり、国にとっては義務である。いたってシンプルでドライなものである。本来そういうものなのだ。

人間としての矜持をズタズタにするようなニュアンスで相談を受けたり、あるいは受けなかったり、その後のかかわりも敬意なき上から目線での対応は絶対にやってはならない。人権侵害だ。

4年間の議会活動の機会を得て、生活保護については引き続きより良いものにするために尽力していきたい。