一人ひとりが花開く“横須賀”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

沈黙 立ち上がる慰安婦 横須賀上映会に参加  どうして、右翼は「慰安婦問題」となるとヒステリックになるのだろう。それは、南京大虐殺や強制連行にも増して国家の品格に切り込む問題だからではないか。国が誠実に謝罪しないから、国民はいつまでも歴史を直視することができない。

2018年12月10日
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とうとう、横須賀でも右翼の動きが顕在化してきた・・・・第一印象はそんな思い。

私は、そもそも、この映画を静かに観たいと思っていました。この映画と自分を対置させて、しっかり考えたいと思ったのです。

しかし、神奈川新聞の一面にも載るくらい大ごとになってしまいました。一つの上映会を行うのに裁判沙汰にまでなり、140人を超える全国の弁護士がこの映画上映に賛同するということが今まであったでしょうか。

当日は会場周辺を警察官や機動隊が囲み、映画を応援する人々も陣取っていました。

私は車で行ったので、建物の裏側も見たのですが、警察車両は離れたところにも車列を組んで駐車していました。

私はこの状況を見て、「今日の上映会は成功だ!」と確信したのでした。

警察は威信をかけて任務を遂行するだろう、右翼は仮処分決定もあり300mは近づけないはずだ。案の定、定刻が近づくにつれて、会場内にどんどん参加者が詰めかけ、中には「上映会を支持します」というカードを掲げて来場する人も現れたのでした。

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もうすぐ2019年。21世紀は「人権の世紀」。

歴史をしっかり検証し、主体的にものを考える力を蓄えてきたかに見える人類ですが、実はまだまだ。

抑え込んでも抑え込んでも、差別や偏見は頭をもたげてくる。

なので、たたかい続けていくことが大切だと思います。

 

よく、人間社会の中には競争して人を蹴落とす、あいつより自分だという考え、人を差別する気持ちは生来のもの・・・などという人がいますが、本当にそうでしょうか。

マルクスは「経済学批判」の中で「人間の社会的存在が意識を規定する」と言っています。私もこれに賛同します。

まずは意識を変えることだよ、差別はいけないことだよ と言ってそれをシャットアウトすることは大事だけれど、それだけではまだまだです。頭をもたげてきます。だから、下部構造にまで切り込んでいくことが大事なのです。

 

パク・スナム監督は「右翼のお兄ちゃんたち、いらっしゃい、一緒に話をしましょう」とおっしゃていました。監督は「右翼のお兄ちゃんたち」とも話せばわかり合えると思っているのです。その柔軟性、寛大さには感服します。

がーがーがーがーがなり立てることも、それは自己表現のひとつ、差別と偏見に満ちた言辞で人を傷つけることも自己表現のひとつ、そう思っているのかもしれないけれど、それは多くの国民から賛同を得られないし、ただ空回りするだけのことだと思います。

 

さて、市議会議員としてもう一つ考えてみたいのは、今回の上映会の後援についてです。10月に行われた茅ヶ崎市では市と教育委員会が後援をし、多数の抗議があり、それは業務に支障をきたすほどであったと言います。後援した茅ヶ崎市と教育委員会に対して自民党茅ヶ崎市議団が抗議文を提出しています。また、茅ヶ崎市の電話対応の職員によると「お前、朝鮮人だろ」「国へ帰れ」と何度も言われたと言います。このような状況を受けて、横須賀市はどうだったかというと、後援申請に対して不承諾という態度をとりました。神奈川新聞の報道によれば、市は「慰安婦問題についてはさまざまな意見がある。一つの考えを示すような映画の上映会を後援することは、市の政治的中立性を損ないかねない」との見解。市教委は「市民に混乱をもたらす恐れがある」との見解を示したとのことです。

以前から、どういう線引きで後援の承諾・不承諾を判定するのか関心を思っていましたが、この際、しっかり研究したいと思います。

「沈黙 立ち上がる慰安婦」上映についてはさまざまな思いが想起されます。

戦争は人を狂わせ、苦しませ、悲しませ、傷つける。絶対に起こしてはいけない。そのためにも過去に真摯に向き合う姿勢こそ大事です。