一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

議会

①核兵器禁止条約の日本政府による署名及び批准を求める意見書提出について②浦賀5丁目62番1号及び2号前の市道幅員の拡幅について③吉井1丁目開発・第Ⅲ期計画を許可しないことについて 以上3つの請願について賛成の立場で討論を行いました。

2018年3月27日
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予算議会の最終日、本日、3つの請願について賛成するため、日本共産党として討論を行いました。

まずは、核兵器禁止条約関連の請願です。賛成討論の文章を青字で表すことにします。

私たちの討論としては、珍しく、議場の議員に訴えました。

 はじめに請願第1号についてです。この請願は昨年7月国連会議において加盟国の3分の2にあたる122か国の賛成で核兵器禁止条約が採択されたことを受けて、日本政府も署名と批准を行ってほしいと市議会に意見書を提出することを求めるものです。核兵器禁止条約は50か国が批准した時点から90日後に発効する流れとなっていることから、批准国を増やすことが何より望まれています。昨年末には2017年のノーベル平和賞が「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に授与され全世界の核廃絶の運動に勇気と励ましを与え、大きな弾みがつきました。日本国内においても157の地方議会から同条約への署名・批准を求める意見書が採択されこの数は日に日に増しています。

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 さて、本市は、ご承知のとおり「核兵器廃絶・平和都市宣言」を行っています。深田台・中央公園にある平和のモニュメントには、この宣言が刻ませています。1989年平成元年5月23日に行われたこの宣言の中には、「さきに行われた本市議会の『核兵器廃絶の決議』に呼応し」という言葉が謡われています。このことから、本市の核兵器廃絶・平和都市宣言のきっかけを作ったのが、横須賀市議会の決議であったということがわかります。そこで、この決議がどのようなものであったのかというのを、今回、改めて振り返ってみることにしました。

 この決議は「核兵器廃絶に関する決議」というもので、1984年昭和54年、今から34年前に全会一致で可決されました。簡潔で素晴らしい決議文ですから、この際、読み上げたいと思います。

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 「世界の恒久平和は、人類共通の念願である。しかるに、こんにち世界各地で武力紛争が絶え間なく続き、際限のない軍拡競争は核軍備の増強をも招来し、人間が互いの生命を尊重し、愛し合う、いわゆる互恵の精神が喪失されつつあり、人類の生存に深刻な脅威を与えている。横須賀市は、常にわが国の国是である「持たず、つくらず、持ち込まさず」の非核三原則が厳正に順守されることを願ってきたが、更にすべての核兵器の廃絶と軍備の縮小を全世界に強く訴え、人類すべてが愛し合える世界の創造に寄与するため、ここに核兵器廃絶の平和都市となることを決議する。」

このように横須賀市議会の私たちの先達は核兵器廃絶について決議を出し、世界の核兵器廃絶の流れに貢献してきたことがわかります。長きにわたり、脈々と受け継がれてきた核兵器廃絶の運動の歴史の中で核兵器禁止条約の採択にまで、具体的にこぎつけたことは、画期的なことです。議場のみなさま、

「人類すべてが愛し合える世界の創造に寄与するため」という34年前の決議をしっかりと受け継ぎ、横須賀市議会からも声を上げ、日本政府を後押ししようではありませんか。ご賛同を心から訴えます。

2つ目と3つ目の請願はコモンシティ浦賀自治会から提出されたものです。「連続するミニ開発」であり、違法ではないが脱法である。放置はできない。と断じました。

この問題は、この賛成討論で終わりではなく、今後も追いかけ続けていきたいと思っています。

 

 次に請願第2号浦賀5丁目62番1号及び2号前の市道幅員の拡幅について、請願第3号吉井1丁目開発・第Ⅲ期計画を許可しないことについて関連していますので、一括して討論いたします。

 私たちは現場に3度行き、請願者に2度会い、何度もメールでやりとりし、開発指導課へも4度行き資料や図面を受け取り、過去の議会における質疑の会議録を紐解き、団会議で論議し、最終結果として請願に賛成することにしました。

 過日、都市整備常任委員会の中で、ねぎしかずこ議員が明らかにしたように、請願第2号にある長さ30メートルの幅4メートルの道路では交互通行ができず、もし、車同士が鉢合わせになった場合、どちらかがバックして相手が行き過ぎてから通行するほかありません。

しかも、吉井1丁目開発地区側からの車が、対向車を認め、道を譲るために待機したとしても、それだけでは対向車は幅が狭いため行き違うことはできません。吉井1丁目開発地区側の車は市道6795号で単に止まって待機するだけではなく、さらに市道1972号のY字交差点部までバックして対向車が通るスペースを確保する必要が生じるのです。これは車の大きさに関係ありません。

土木部は請願への所見で、交通整理員の配置を事業者に指導し、接続道路の安全対策は注意徐行を促す標識を設置すると述べました。市内にはこのような形状の道路はいくらでもある、ここだけ公費を投じて、市道拡幅をすることはできないという主張でした。長さ30メートルの道路で行き違いができず、待機するだけにとどまらず、バックまでして対向車に道を譲らなければならない状況は、果たして道路の機能を有していると言えるでしょうか。甚だ疑問です。

しかも、なぜ、幅6mの道路にならないかと言えば、請願第3号で問題にしている同一事業者による「連続するミニ開発」にそもそもの原因があることは明らかです。宅地造成であったⅠ期目は395.43平方メートル。開発行為であったⅡ期目は967.25平方メートル。同じく予定されている開発行為であるⅢ期目は2996.51平方メートルです。これら全部を合わせると、4359.19平方メートルとなります。

これらは隣接地であり、すべてを一括で行うとすれば、当然、接続道路は幅4メートルでは違法であり、幅6m以上にしなければなりません。実態として幅6mの道路が必要であるのに、Ⅲ期に分けて開発したがために市道幅員が4メートルで放置された形となりました。これでは、地区計画に抵触しないから幅員4メートルで大丈夫と杓子定規に断ずることは、地元住民の安全・安心をあまりにも軽んじていると言わざるを得ません。

しかも請願資料によれば、平成8年2月都市部の提案による浦賀町地区地区計画の原案では面積約18.2haとなっており、これが自治会総会で承認されています。しかし、平成9年6月に都市部によって最終決定された浦賀町地区地区計画の面積は18.0haとなっており、自治会総会で承認までしたのに変更された内容が、自治会には報告されていませんでした。この変更となった0.2haがまさに今回請願に至った市道1972号と市道6795号の間、第2公園裏山の部分にあたります。

都市部はこの点が明るみに出た後、平成28年11月25日付けの回答書の中で「浦賀町地区地区計画の区域を決定する際に自治会に対し伝えていなかったことは行政の対応として不誠実であり皆様には大変ご迷惑をおかけしたことを深くおわび申し上げます。」と言って自らの非を認めています。

このような行政の瑕疵を「20年以上前の話だから」とか「ボタンのかけ違いがあったらしいから」などと言って済ませるわけにはいきません。請願資料の中には特定建築等行為条例におけるお知らせ板の設置についても不審な点の指摘があります。

今回の請願の底流にある含意には道路の拡幅にせよ、開発問題にせよ、住民の方々の市役所・行政に対する不信感があると見て取ることが重要です。同時に宅地造成―開発行為―開発行為というⅢ期にわたる連続するミニ開発は条例や法に抵触していないとはいえ、明らかに事業者本位であり、沢田市長時代から、何度も「住民に軸足を置いて開発を行う努力」を指摘してきたことが、今や完全に形骸化されているということが露呈されました。

連続するミニ開発は違法ではないかもしれませんが、明らかに脱法です。放置はできません。

したがって、コモンシティ浦賀自治会のみなさんが請願の中で訴えている内容を市は真摯に受け止めるべきと考えますので、日本共産党市議団は請願第2号 浦賀5丁目62番1号及び2号前の市道幅員の拡幅について、請願第3号 吉井1丁目開発・第Ⅲ期計画を許可しないことについてに賛成する立場を表明しまして、討論といたします。

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請願第1号については賛成10反対30で不採択。

賛成は無会派の小室議員、藤野議員、研政の小林議員、伊関議員、角井議員、長谷川議員、高橋議員、日本共産党のねぎし議員、井坂議員、大村の10人。

請願第2号と3号は賛成5反対35で不採択でした。

賛成は無会派の小室議員、藤野議員、日本共産党のねぎし議員、井坂議員、大村の5人でした。

結果は厳しいものでしたが、どちらも重要な問題提起があり、6月議会に向けて、勉強していきたいと思います。