一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

「天皇の新年の感想」に観る天皇の戦争観について

2015年1月3日
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佳子さんが青年皇族になり一般参賀に参加したということが、大きな話題になっている。佳子さんと言えば、通っていた大学を辞めて、違う大学に受験したことでも大きな話題になった。一般参賀の参加人数は平成に入って3番目に多い8万1030人だという。お天気も良かった。昨年の紅葉の時期、桜の時期、皇居を散策できるようになったこともあり、“敷居が低くなった”ということもあるのか・・・。

天皇制については、思うところがいろいろとある。家制度、家父長制といった日本の古いシステムの「見本」が天皇家だと思う。それでいて、天皇家には家の象徴である苗字がない。皇族が「一般国民」と結婚すると皇籍離脱となり、ここで初めて戸籍をもち苗字をもつ。天皇制のもとでもっとも窮屈で人権侵害の「被害」に遭っているのは天皇自身と皇室の人たちだと思う。職業選択の自由もなければ、住居移転の自由もない。いくら日本の象徴、日本国民を束ねる拠所と言っても、こんな人権侵害が許されていいものか・・・。いつもテレビで流される皇族方を見るたびに疑問が生じる。

ネットの中で、今年の天皇の新年にあたっての感想が話題になっている。「放射能汚染」という言葉をつかって福島の人々を案じているというところや今年が戦後70年にあたることから、「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。」と語っているところである。前者は実は、宮内庁のホームページをみればわかることだが、天皇は福島原発事故以降、毎年「放射能汚染」という言葉を用いて感想を述べている。意図的に事態を過小評価して、婉曲めいた表現でお茶を濁そうとする、東電や政府よりもよっぽど率直にモノを言うと思う。また、後者についても、「歴史」を「学び」「日本のあり方を考える」これが「極めて大切だ。」と言ってる。サザンの桑田が「ピースとハイライト」で歌っているとおり歴史の授業は現代史に入る手前でタイムオーバーなわけで、天皇によれば「この機会に」つまり今こそ、学ぶべきだと言っている。とても大切な提言だと思う。私も是非とも、今年は戦争の歴史と戦後(敗戦後)の日本についてしっかりと考えたいと思う。

天皇がここまで、言及したことに対して「世の中がそれほどおかしいということ。」「天皇でさえも黙っていられないのだ。」という意見も出ている。そうか、そんなに安倍さんは危険かと思った。ここで止めておけばいいのかもしれないが、以下は私見である。私自身の天皇の感想についての感想である。

天皇が言うところの戦争の歴史というのは、被害の歴史でしかないのだなと・・・そう言わざるを得ない。だって、そうでしょう、下記に天皇の2015年の新年にあたっての感想の全文をつけるけれど、どこを切り取ったって、加害の歴史はないわけで、これでは天皇自身が「歴史を十分に学」んでないじゃないかと思わざるを得ない。世界の人々の幸せにも思いを馳せているのに、これでは歴史を不十分にしか学んでない。

戦争を口に出すということは、その人の戦争観が明るみにでるということ。私も駅頭でしゃべり、ニュースにして印刷し、こうしてネット上でも書く。心していきたいと思う。安倍自公政権のもくろむ政策が今年は次々と打たれてくるだろう。そういう中で、戦争の歴史をしっかりと学び、自分の考えを打ち出すということは相当の覚悟と勇気がいる。今年はそういう活動をする年だと思う。

 

天皇の新年の感想

昨年は大雪や大雨、さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ、家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。

また、東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により、かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時、それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ、地域を守っていくことが、いかに重要かということを感じています。

本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。

この1年が、我が国の人々、そして世界の人々にとり、幸せな年となることを心より祈ります。