一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

活動日誌

「選ばれるまち」から「誰も一人にしないまち」へ横須賀はどう変わるか

2018年3月13日
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2014年度から2017年度、前任の市長、吉田雄人氏の方針で横須賀市は「都市イメージ創造発信アクションプラン」を展開し、この度その事業検証が出されました。

2014年度以前、横須賀市は外部の人々を招いて、横須賀市を縦横に観て分析する「リ・ブランディング研究会」なるものを立ち上げました。そこでは暗く重苦しい基地のまちのイメージをプラスへと転化していく試みが展開された・・・・それが横須賀のブランドの再構築、リ・ブランディング・・・私はそのように解釈しています。

そのリ・ブランディングの序章期間を経て、3年間、今度は横須賀という「都市イメージ」を「創造」して「発信」する「アクションプラン」が展開されたわけです。

事業検証の冊子をみると、たくさんの施策が取り組まれたことがわかり、素直に担当者の努力を称えたくなります。

しかし、その努力とは裏腹に、結果は厳しいものでした。

アクションプランでは2013年、1年間で人口の社会増減マイナス1,587人、これを起点にして、2017年には社会減ゼロを目指しましたが、結果はマイナス918でした。

また、2012年、結婚子育て世代市外居住者の「横須賀市に住みたい」という人の割合は11.9%で、これをアクションプランの最終年には16%にするのが目標でしたが、結果、2017年直近では10.8%で、逆に1.1ポイント下がってしまいました。

なぜ、こんな結果になってしまったのか?いくつか理由はあると思いますが、やはり横須賀は厳然たる「基地のまち」だということだと思います。昨年はイージス艦の事故やオスプレイの事故が多発しました。北朝鮮の核ミサイル騒ぎが相次ぎ、米海軍の出撃拠点と同時に横須賀は名指しされ、攻撃拠点にもなりました。「YOKOSUKA軍港めぐり」でイージス艦や原子力空母を目の当たりにしても、それはただ1日だけの非日常であって、安心して住み続けられるまちとして選択肢にはとうてい入らない。これが本音でしょう。

「基地のまち」横須賀はどんなに粉飾しょうとも、もはやムダ、「基地のまち」を返上するしか道はない。私はそう思います。

そして、何より、これはもう、何年も言い続けてきたことですが、「呼び込み型」ではダメということです。子育て世代は本気で応援してくれるのかどうか、見抜いていると思います。

横須賀は「リ・ブランディング」「都市イメージ創造発信」といって、他からどう見られるかに拘泥し、こう見られたいということを盛んに他に発信してきました。横須賀の視線は常に市外にあり、横浜や東京や、相鉄線沿線など常に視線は遠くを見つめていたのです。他都市にお金をかけて横須賀の宣伝冊子を配りつけてひんしゅくをかったこともありました。他都市の住民を剥がして、横須賀に住まわそうとするうすっぺらな魂胆が恥ずべき失策として内外に知れ渡ったのです。

吉田市政は晩年、小児医療費の助成を一気に小学6年まで引き上げ、中学校完全給食に踏み切りました。他都市にイメージ発信するよりも、今、住んでいる住民を大切にする施策にもっと早くから取り組むべきでした。そもそも、イメージで子育て世代を呼び込もうなどという発想そのものが私は子育て世代を愚弄していると思います。

さて、過去の人のことは、もうこれくらいにしましょう。

上地市長は「誰も一人にしないまち」とおっしゃっています。「誰も一人にしない」とは今、現に住んでいる横須賀の住民に視線が向けられている言葉です。足元を見ています。他都市の住民からどう見られるかを常に気にしているよりもずっと能動的で主体的なフレーズです。

今後はこの「誰も一人にしないまち」これを単なるフレーズに終わらせることなく、このまちのみんなが実感できる合言葉にしなければなりません。

市長、ひとりに負わせるのではなく、全員がその気持ちをもって進めることが大切です。

KIMG0424

海と空に溶け込む富士