一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

アメリカの世界戦略に規定され、横須賀は原子力空母の母港。横須賀市は国の見解を唯々諾々と受け入れる姿勢で許されるのか。

2016年4月1日
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今日、内閣府の大臣政務官、防災担当の参事官、外務省北米局の日米地位協定室長が、原子力災害対策マニュアルの検証作業委員会のまとめの見解を市長に説明するために横須賀市来訪されました。

市長は「国の考え方が整理されたと、受け止めさせていただく。」と言い、

続けて「マニュアルが改訂された後に、本市としては、地域防災計画の改訂作業を再開したいと考えている。なお、市民には原子力艦を不安視する声もあるので、今回の見解等について、一般市民にもわかりやすく理解できるような対応をしていただけると幸いである。また、事故発生時に米国政府と行う原子力艦の移動に関する協議についても、実効性のあるものとしていただきたい。」と発言れました。

私はこれまでの一連の市の姿勢に大いに不満があります。そして、特に吉田市長の言動については、怒りを通り越して、呆れかえって物悲しくなります。

吉田市長は、市議時代に原子力空母の配備について明確に反対していました。市長になった途端にその政治姿勢を翻しました。

長期にわたって政治に携わる際に、はじめと考え方を変えざるを得ない場合と言うのはあると思います。実際、同じように市長の姿勢という点で言うならば、中学校の完全給食については、吉田市長は「スクールランチの充実」路線を転換して今回、「中学校完全給食の検討」に足を踏み出しました。いろいろな施策を進める際に、路線転換はあり得ますし、あっても良いと思います。私はそれは許容範囲であると思います。さらに言えば、今回のような完全給食に対する政治判断は市民世論を背景にして良い決断でした。

しかし、こと、基地の問題については、その人物の政治姿勢の根幹を成す問題だと思うのです。

100歩譲って、基地は認める、日米安保も認める、日米地位協定も認める・・・となったとしても、原子力空母だけはね、認められないっしょ。という人は結構いるのではないでしょうか。いろんなバリエーションがあると思いますよ。1から10まで全部反対というのは、むしろ珍しくて、横須賀の場合は基地関連で仕事をしている人もいるし、米軍人、軍属がお客様というお店もあるでしょう。複雑に絡み合って、横須賀ってまちが形作られていると思います。

だから、市長選挙の際に「横須賀が日米安保で日本の安全に寄与していることを誇りに思う。」と明確に述べていた廣川候補のような方もいるわけです。私はそういう考え方には当然同意できませんが、きっぱり言い切って自分の姿勢を明確にしている点は好感を持ちました。

吉田市長の場合は、変節です。原子力空母も認めてしまいました。前述したように基地と日米安保と日米地位協定は認めたとしても、原子力空母には待ったをかけることができたと思います。せめてせめて、そこは踏ん張ってほしかったです。2008年の9月25日にジョージ・ワシントンが配備された際には蒲谷市長でしたから、自分が市長になった際に、改めて撤回を主張すれば良かったのです。それが声をあげるきっかけの第1回目でした。そして、2011年福島原発事故が起きました。水素爆発がおこり広範囲に放射能が拡散して、原子炉とはまかり間違えば、暮らしを脅かすものだとの共通認識が国民の中に生まれたのです。その時が、撤回の声をあげるきっかけの2回目でした。そして、私の考えでいけば、撤回を求めるきっかけの3度目は原子力空母の交代が明らかになった時期です。

市長は、結局このような客観的情勢を1度も利用しませんでした。「官僚政治」を否定し、今までのような中央政治とパイプでつながった横須賀市政とは違う独自のやり方ができたのに、そういう道を選びませんでした。それは言いかえれば市民の声を最大の力にしながら、国にモノ申すことができる、怖いもの知らずの市政であり、吉田市長の強みにもなったはずなのです。しかし、繰り返しますが、吉田市長は市民の声を背景にして、自らの初心を貫くことを止めてしまったのです。返す返すも残念至極です。

そうやって、一度認めてしまい、声を挙げる3度の機会も逸してしまった市長の姿勢は当然ながら小ぢんまりしたものに成らざるを得ません。決して、横須賀としてこうしてほしい、これが市民の気持ちですということを主張すのではなく、「考え方を整理してほしい」という薄ぼけた言い回ししか、国に要求できなくなってしまったのです。

私は以前に、総務常任委員会の中で担当部長に「齟齬があることを良くないことと思っているのか?」と聞いたことがあります。担当部長は「良くないことと思っている。」と答弁しました。しかし、市長の考え方の流れでは、齟齬があることは認めつつも、その齟齬があるという現状に対して、いいとか悪いとかさえ表明せず、ただ齟齬があれば、市としての今後の動き方の判断が出来ないので、その判断責任については市ではなく国に一任したいということで、表現としては「考え方を整理してくれ」となるわけです。

それは、横須賀市民のいのちと暮らしへの影響を第一義にするのではなく、あくまで、国が示した基準に横須賀市は自らの私情を持ち込まず従順に従うというそれ以上のものではないということです。予算議会の代表質問の中で、私たちは(質問者はねぎしかずこ議員)①可能な限りの米軍基地の縮小という市の基本構想・基本計画に矛盾すること②軍転法の「平和産業港湾都市への市長としての不断の活動」に矛盾すること③憲法前文の平和的生存権に違反すること④憲法13条の幸福追求権に違反すること この4点にわたって大所高所から市長に迫りました。

住民の安心・安全暮らしと幸せをどう守り保障するか、これは優れて首長の責務です。私はこの最大の職務遂行に吉田市長は真摯に取り組んでいるとは決していえないと思います。外交・防衛は国の専管事項・・・それは私にも理解できますが、だからと言って、国の言うがままでいいのかということです。

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原子力空母ロナルド・レーガン艦上からアイランドを撮影。昨年2015年10月の基地開放にて。

以下は市議会議員に配布された資料。