一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

活動日誌

横須賀市立小中学校適正配置審議会を傍聴しました

2016年1月19日
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前回は昨年の11月、そして今回で2回目となりました。市が進める「施設配置適正化計画」と微妙に関連する内容だけに、出来る限り傍聴を心がけています。前回、「適正」という文言が相応しいのかという論議からはじまったことを私は好意的に受け取りました。適正に化をつけて「適正化」という言葉はえてして、都合の良い用いられ方をします。小中学校の「適正配置」という場合、「統合・廃止」というニュアンスが隠れ潜んでいます。人口減少・少子化に伴って、どの地域でも総じて子どもの数が減っている中で、地域の子どもの通う学校をひとつにまとめて数を減らしていこうとするのが、大きな流れとなっています。

私自身は、子どもの数が減って一学年が単学級になった際に、近隣の学校同士を合併させることに反対ではありません。「共産党は統合には反対でしょう。」とおっしゃる方がいるかもしれませんが、それはケースバイケースではないでしょうか。よーく地域の実情や、合意形成をはかることが第一義であると思います。一番いけないのは、児童生徒や保護者、地域の方々の思いを反映させないやり方はダメということです。

私は息子の通った光洋小学校でPTAの会長をつとめたことがあります。彼は2年生の時に光洋小学校に転入してきて、ただの1度もクラス替えができませんでした。一クラスしかないのでシャッフルしようがなかったのです。アットホームでいいねという考えもあるでしょう。しかし、変化が希薄でリフレッシュできない、私はどちらかというとデメリットのほうに目が向きました。私自身は中学校の3年間、引っ越しと学校の分離で3年間1年ずつ3つの中学校に通ったという経験があります。それはある意味不運だったともいえなくないのですが、私はむしろどんな客体的状況下においても、自分は順応できる、3年間の中学校生活はそれを証明しているのだ!と楽天的に考えてきました。「人間とはすぐ馴れる動物である」とドストエフスキーも言っていますが、子どもの頃に変化に富んだ時間を経験することは大切ではないかと思うのです。

とまれ、「適正化」という都合の良い言葉で、統合・廃止ありきは是非やめてもらいたいと思います。

そして、改めて思いましたけれど、子どもの施設に関しては、つまり教育委員会や子ども育成部所管の施設に関しては、「施設配置適正化計画」の枠から外して、独自に考えるべきでした。この件については12月に行われた第4回定例会の総務常任委員会でも財政部の施設配置適正化の所管課へ指摘をしました。市の施設配置を、何ゆえ財政部が所管するのか、そもそもから違うでしょうということは散々指摘してきた所ですが、こうしていざ、小中学校や、幼稚園、保育園のことが具体的に出てきて関係者から「廃止しないで」という声が寄せられたりすると、あぁ、やっぱりやり方が本末転倒だったと改めて思います。利用者の声を丁寧に汲み取る前に財政的な側面から廃止を打ち出してしまったわけですから、やり方が乱暴すぎるのです。

この審議会は来年度4月以降に第3回が予定されています。ぜひ論議してきた良い内容がしっかりと反映されて、答申されるよう期待します。

幸福の木

「幸福の木」っていうそうです。あんまり花をつけないそうです。