一人ひとりが花開く“よこすか”へ
日本共産党横須賀市議会議員

大村洋子

おおむら ようこ

洋子の目

夫婦別姓の最高裁判決が「合憲」とのこと。とってもがっかり。“女性が輝く社会”と言っても、しょせんは時代錯誤の集団が政権与党ではダメなのか。

2015年12月17日
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親しくしている「事実婚」カップルが最高裁の判決に期待しているとメールをくれた。私も同趣旨のことを返した。朝、夫に「夫婦別姓の違憲判決が出て、法改正されたら、婚姻届出してみようよ。」と投げかけた。これで、人生はじめて婚姻届なるものを出せる環境ができるかも・・・浮足立ってそうとう期待してたのにな。残念無念。

私は日本が民法750条を変えられないのは、かなり根深い問題だと思っている。表面的には結婚して姓が変わって、仕事がしづらいとか、自分のこれまでの人生を否定された気分だとか人によっていろいろ矛盾した思いがあると思う。そういう、感覚、感性は大事だ。

「部屋とワイシャツと私」のシンガーソングライター平松愛理は自身が結婚、離婚を経験する中で、今回の合憲判決には違和感を覚えるとテレビのインタビューで答えていた。今回の裁判官のうち判決にかかわった3人の女性裁判官は3人とも違憲だとの態度を表していたという。婚姻届を出す9割が女性の方が姓を変えている。そのうち20代、30代の若い女性たちの大半が夫婦別姓に同意している。つまり、多くの女性たちは暮らしや人生のあらゆるシーンで体験を通じて矛盾を感じているということだ。

根深い問題と前述した。私は煎じ詰めると、家父長制、家制度にたどり着くと考えている。日本の家族制度は天皇一家をピラミッドの頂点として、無数の家族で構成されている。ひとり親家庭のことを「欠損家族」という言い方をした時代がある。「片親」という言い方は今でも使われている。家族とは父がいて母がいて子どもがいる。それがパッケージになっているのが、当たり前という考え方だ。男は外で働き、女は家を守る。だから妻は「家内」であり「奥さん」である。夫は収入を得るかしらとして「主人」であり「旦那」である。ちなみに「旦那」はサンスクリット語の「ダーナ」からきている。「面倒をみる人」という意味がある。夫と妻の間には主と従があるわけだ。明治以降、システムとしてつくられたもので、とっくの昔に耐用年数が切れて、古臭くなっているにもかかわらず、いつまでも支配の道具として用いていこうとするのが、現政権の考え方なのだ。

小泉政権の最後の方で天皇の承継問題で女性の天皇のことがチラッと出たことがあった。しかし、結果それはうやむやになった。次男の人に男の子が生まれたことが大きいと思う。そういう一連の出来事と地下水脈は一緒だと思う。

派生した点で言えば、「非婚ひとり親寡婦(夫)控除のみなし適用」の問題がある。これは婚姻歴のないひとり親は、保育料や公営住宅の家賃などで、控除が受けられないとする言語道断な差別対応だ。このように日本のシステムは婚姻こそすべてであり、つまり姓を同じくする夫婦、親子、家族こそが国家の一員なのである。夫婦別姓の問題は、実は日本のシステムの根幹をついた内容を孕んでいる。だから、そうそうすんなりとはいかない。

世界経済フォーラムが2014年に出した世界男女平等ランキングでは、日本は142か国中104位。ん~、やっぱり、納得。

日本の本当の意味での男女平等はまだまだ前途多難。

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葉のコントラストと枝のフラクタル